HiHiの雑多な本棚

本の感想と、お金の話。

ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』(岩波文庫)

まずはこの本の出会いから書くのがふさわしいように思います。
“こぐちさん”という読書好きの少女から紹介されたのですが、「ハードカバーで読んでください」と強く言われたこともあって、電子書籍ではなく、図書館から借りることにしました。
申請書を書いて書庫から持ってきてもらったのがこちら。

魔導書にも見える何とも不気味な外見で、ぱっと見タイトルもはっきりしません。

中は赤色と緑色の二色刷りになっていて、挿絵はあるのですが章の最初に特徴的な大きなフォントと共に描かれています。その章を読み進めると「あぁ、これを描いた絵なのかな」と分かりますが、ぱっと見何の絵なのか分からないです。ヴォイニッチ手稿を思わせるような印刷で、本当に児童文学なの?という不思議な感じです。

そしてさらに不思議と言うか不気味なのが、この『はてしない物語』という本が、作中にそっくりそのまま登場するのです。

“バスチアンは本をとりあげると、ためつすがめつ眺めた。表紙はあかがね色の絹で、動かすとほのかに光った。パラパラとページをくってみると、なかは二色刷りになっていた。さし絵はないようだが、各章の始めにきれいな大きい飾り文字があった。表紙をもう一度よく眺めてみると、二匹の蛇が描かれているのに気がついた。一匹は明るく、一匹は暗く描かれ、それぞれ相手の尾を咬んで、楕円につながっていた。そしてその円の中に、一風変わった飾り文字で題名が記されていた。
 『はてしない物語』と。”

赤い文字と緑の文字で二つの物語が展開します。
赤い文字で展開する物語の主人公はバスチアン。彼は一言で言えば「陰キャでコミュ障の読書オタク」の少年です。彼が書店で一目ぼれして盗み出した『はてしない物語』という本を、学校をバックレて学校の屋根裏で読み進める……という内容です。
緑の文字で展開する物語は、バスチアンが読み進める『はてしない物語』という本の内容そのままです。ストーリーは――私なりの考えだと――“ドラゴンクエスト”、です。危機に瀕している“ファンタージエン”という異世界を救うため、“幼ごころの君”は一人の若者を選びます。その選ばれし勇者“アトレーユ”は世界を救うべく旅に出る……という感じです。

ちょっとネタバレになりますが、赤い文字と緑の文字の境界がどんどん曖昧になって、ファンタージエンの世界に引き込まれていきます。それは読者も同様で、同じ本を手にしているのだから十分起こりえるということでしょう。大人になった私には、これが「著者と出版社のタイアップ企画」みたいなものだと分かるのですが、子供が読めば結構怖いかもしれません。

エンデの小説は、大体において説教臭いと私は思っていますが、この作品にも強い主張があると感じます。想像力(創造力)の欠如に対する危機感。何かに夢中になってハマることの素晴らしさとリスク。といったところでしょうか。
2023年の今、マンガやアニメ、ゲーム、ドラマに映画、もちろん小説も、膨大な量のコンテンツが生み出されています。しかし、それを楽しんでいる私たちはどうでしょうか?ただ単に消費しているだけに思えてなりません。ある作品を受け取って、そこから想像を膨らませる……みたいなのが、すごく少なくなっているのではないでしょうか。あるいは、そういったコンテンツにのめり込み過ぎて、生活や人生を破壊してしまっている人も多くなっているように感じます。この作品にも「ネトゲ廃人の成れの果て」みたいな人たちが出てくるシーンがあって、とても考えさせられました。

大分古めかしい作品ではありますが、こんな時代だからこそ一度手に取る価値があると思います。

辻村深月『かがみの孤城』(ポプラ社)

学校での居場所をなくし、閉じこもっていた“こころ”の目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうど“こころ”と似た境遇の7人が集められていた――

表紙から、きちんとした文学作品で堅めのファンタジーかと思ったのですが、実際はかなりライトノベル寄りで読みやすかったです。適度にギャグも入ってますし、これなら中高生でも読み切れるのではないでしょうか。
こころちゃん可愛い(笑)男の子の趣味に理解あるし、普通にモテそうなんですがw

鍵の奪い合いとかバトルロイヤルっぽい殺伐とした話かと思ったけど全然違いました。
孤城というより、孤独な子供たちが寄り添う場所といい風に見えて、安心して読めますね。
不穏な雰囲気を忘れそうになるけど、それは伏線として残っていて、希望と絶望を繰り返して展開するのは見事だったです。

終盤は状況がかなり悪くなってかなりハラハラするのですが、ラストは大団円。
伏線の張り方と回収が素晴らしく、読後感も良かったです。
色んな人に安心して薦められる一作。

はしゃ『さめない街の喫茶店』(イースト・プレス)

ある日突然、眠りから目覚めることができなくなった主人公のスズメは、「ルテティア」という“さめない街”に迷い込み、喫茶店「キャトル」で働くことになります。
不思議な街ルテティアでの生活と、喫茶店キャトルを中心に謎に近づくストーリーになります。

……と紹介すると本格ファンタジーに思えますが、実態は「数人の常連しかお客がいない素敵な喫茶店で、マスターのハクロさんがコーヒーを淹れて、スズメちゃんがお菓子を作って客に振る舞う」という日常を繰り返すという内容です(^^
つまる所がファンタジー世界を舞台とした日常系で、確かに街の構造が不思議だったり、巨大な猫や空を飛ぶ鯨や双子の魔女が出てきたりはしますが、この作品の魅力はそこではなく、心地よい湯気の中にいるかように繰り返される素敵な日常……だと思います。ちにみに、スズメちゃんは普通に可愛いですw
主人公のスズメはお菓子作りは得意だけど料理はちょっと苦手という設定。各話で必ず一品はお菓子か料理を作ります。これが“物語の展開として作っているだけ”でなく、現実に調理可能なメニューであり、各話の最後には材料と簡単なレシピが紹介されているという凝りよう。
出来上がりの描写はとても美味しそうで、お客さんも美味しいと言って食べるので、とても幸せな気持ちになれます。
茶店キャトルはどう見ても素敵なカフェですし、さめない街ルテティアはヨーロッパ風の素敵な街なので、カフェ巡りや街歩きが好きな人には眺めているだけで満足できる作品だと思います。粗いタッチですが細かく描き込まれた背景のおかげで、本当にこの街、この店で生活している気分を味わえるでしょう。

ストーリーは、「本当にこの街にいていいのだろうか?」というスズメの不安や疑問を軸に進みます。日常の話の中に時折“話を進めるための話”が挿入され、冷たく暗いものを感じさせるという構成は上手いと思います。ただ、設定がゆるふわなので“驚きの展開”や“鮮やかな伏線回収”とかは無縁です。ルテティアの正体も途中で先読みできてしまいましたし、ラストも「まぁこんなものか」という感じでした。

ラフなタッチの背景や、簡略化されたキャラの表情といった賛否両論ありそうな点もありますが、「ファンタジーの日常」というのが嫌いでなければ、手に取る価値はあると思います。
ただ、この作品には大きな欠点があります。それは……強烈な「飯テロマンガ」であるということw
ダイエット中の方や、深夜に読書する方はご注意くださいww

高倉かな『約束の花が咲くとき、僕がきみの光になる』(スターツ出版)

親友を傷つけてしまったある出来事をきっかけに声が出せなくなってしまった療養のために祖母の家に来ていた。そこで傷ついた一匹の犬を保護し、一人の青年とともに看病することに。その中で自分の心と向き合い、少しずつ回復していくのだが……。

総じて傷ついた人達の物語かと思います。嫌われるのが怖くて言いたいことを言えない奈緒……2010年代の日本に多そうな感じの主人公ですね。直前に読んだのが昭和を舞台にしていたので本書とのギャップがすごかったですw

読む前はよくある綺麗な感じのお話かと思っていたのですが、読み進めるといじめや虐待のシーンも多く、綺麗なシーンと陰湿なシーンを交互に織り交ぜながら話を進めるのが独特だと感じました。

個人的には内容が薄く、伏線も結構先が読めてしまうのが残念でしたが、非常に読みやすかったので、対象にしている高校生や中学生の少女には受けは良さそうです。
ラストもありきたりだと感じてしまったのですが、これは私が世の中にスレてしまっているせいだと思われますw

田辺聖子『孤独な夜のココア』(新潮文庫)

恋は人生の熱いエッセンス。この本は、暗い孤独な淋しい夜に、あなたの凍えた心を温める熱いココア――

ココアといえば甘ったるいイメージなのですが……この本はどちらかと言うとホットビターチョコレートという感じに思えました。
甘々な恋物語ではなく、起承転結がちゃんとあるというのが素晴らしいです。

一編一編にリアリティと迫力があり、生き死にの物語も多いです。
汚れた部分も含めて、男と女というものがよく描かれていると感じました。

ただ、孤独感に対する癒しみたいなのを期待して本書を手に取ると肩透かしかもしれません。
刊行が昭和のうえに時代を反映した内容ですので、2010年代を生きる私たちとは色々と感性が違うように感じました。まぁ逆に言うと高度成長期ってこんな感じだったんだなぁと参考になる部分はありました。
「孤独」の意味も現代とは違うように思います。「彼氏と別れて淋しい」とかそういう夜なのかなと。派遣切りで明日が見えないとか老後が不安とか、暗い深淵を覗き込むような現代人の孤独には響かないかもしれません。

トネ・コーケン『スーパーカブ1~3』(角川スニーカー文庫)

山梨の高校に通う女の子、小熊。両親も友達も趣味もない、何もない日々を送る彼女は、中古のスーパーカブを手に入れます。

まぁ一言で言うと、主人公の女子高生が趣味に目覚めていく物語、といったところでしょうか。趣味との付き合い方とか、趣味を趣味で終わらせない生き様、お金との距離の取り方(使わなければ良いというものでもない)、カブが一種の投資になったとも言える、など大人が読んでも結構参考になる部分もあるかと思います。
ちょっと風変わりな日常系という感じで、基本的に短編の一話完結。しかも一話が短く読みやすいので、空いた時間にちょこちょこ読むのに良かったです。
小熊,礼子,椎の3人とも可愛くて、それだけで読むに値する作品なのですが、バイクに乗ったことが無い私にとって、カブに乗ったり整備したりというのは新鮮でした。

ただ、主人公の小熊が色々と出来過ぎていて、学生の方が読んで共感できるかは疑問に感じました。

フランシス・ハーディング『カッコーの歌』(東京創元社)

主人公の少女トリスが、池に落ちて記憶を失ったところから物語は始まります。「あと7日」意識を取り戻したとき、耳元で聞こえる声。妹のペンは主人公を偽物と言い、記憶を探るために開いた日記帳のページは破り取られ、異常な食欲が主人公を襲います。

カッコウといえば托卵ぐらいしか思いつかず、入れ替わりネタなのか……?という予想で読み始めました。最初の印象はホラー。得体の知れない恐怖がヒタヒタと忍び寄ってくる感じ。こどもの頃、今では何でもないことが怖かったなぁとか、そんなことを思い出しました。

ホラーはあまり好みじゃないので読み進めるのがつらくなったのですが、中盤に差し掛かった頃にはファンタジーに、そして終盤は冒険ものにw七日間という短い時間の中で、目まぐるしく変化する状況にページを繰る手が止まらなくなってしまいました。
本格ミステリではないので、謎に対して現実的な答えが用意されているとは限らないですが、伏線の張り方と回収が見事でした。

とにかく意外性がすごかったです。登場人物たちの隠れた一面が次々と明らかになり、端役かなと思ったキャラクターが終盤メインになって大活躍。主人公と妹の関係も、どんどん変化していきます。「もくじ」にもミスリードされてしまい、暗鬱なラストを予想したらまさかの……という感じで、最後まで楽しく読めました。

ジャンルは確かにファンタジーなのですが、ミステリ好きな方にこそ読んでほしい一冊だと思います。